2021-01-01から1年間の記事一覧

時系列上の矛盾…厚真町「厚幌1遺跡」の「星兜破片」、だが…

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/05/27/201947 さて、久々に「時系列上の矛盾」と銘打とう。 実は、SNS上で「厚真町」に中世遺跡があるとの話があった。 筆者も厚真町は注目しており、発掘調査報告書は幾つか持っているが、まだ報告した事は…

「ガラス玉」の背景、あとがき…主な産地の一つは「インドネシア」、そして…

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/12/24/202610 そう言えば、以前、SNSでこんな話をしていた。https://twitter.com/gurinhiguma/status/1426702163640684545?t=Kf6ljDS2R0pU5PmZkOtvuw&s=19 https://twitter.com/gurinhiguma/status/142362978…

西洋人が残した記述からの考察…「ガラス玉」の背景

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/12/22/195207 ちょっとSNS上で話が出たのでピックアップしてみよう。 前項の様に、外国人が見た日本、北海道…を見てきたが、少々疑問になった事があった。 ガラス玉である。 アイノ墓とされる墓への副葬や、…

ポルトガル,スペインとオランダの関係、と言う背景…「十七世紀のオランダ人がみた日本」を読んでみる

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/12/20/181217 さて、一連、来日した西洋人が見た江戸初期の北海道の姿を中心に紹介してきたが、〆はこの当時の諸外国の関係(背景)を学んでみよう。 某公共放送で放送した「戦国」「英雄達の選択」らで指摘さ…

「前フィリピン諸島長官」が日本で聞いた1610年の北海道の姿…「ドン・ロドリゴ 日本見聞録」を読んでみる

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/12/20/071910 更に折角なので、前項に続き、ビスカイノが我が国周辺に金銀島探検をしにくるきっかけを作った「ドン・ロドリゴ」の見聞録も読んでみよう。ドン・ロドリゴは元々フィリピン諸島を統括する長官(…

1611年の北海道の姿…「ビスカイノ金銀島探検報告」を読んでみる

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/12/19/170920 さて、4項に渡った「フリース船隊航海記録」。 が、これだけで終わったら面白みも半分。 「セバスチャン・ビスカイノ」と言う人物を覚えているだろうか? https://tekkenoyaji.hatenablog.com/e…

「1643年」の北海道〜千島〜樺太の姿…改めて「フリース船隊航海記録」を読んでみる④「厚岸編・まとめ」

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/12/18/201824 さて、1643年の北海道〜千島〜樺太の姿、カストリカム号は復路に向かう。 続けていこう。 航海図での記載は、乗組員達がコンパニースラントと言った「得撫島」から先に上陸した「択捉島」に戻っ…

「1643年」の北海道〜千島〜樺太の姿…改めて「フリース船隊航海記録」を読んでみる③「樺太編」※1追記あり

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/12/17/202544 さて、前項に続き「フリース船隊航海記録」を読み込んでいこう。 前項までは往路の千島まで。 約一週間、千島,国後島,択捉島へ滞在した乗組員達は前々項にあるようにこの後樺太へ向かい、北樺太…

「1643年」の北海道〜千島〜樺太の姿…改めて「フリース船隊航海記録」を読んでみる②「十勝,千島編」

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/12/16/061719 前項に続き、個別の内容で気になる部分をピックアップしていこう。 以下で『』で示したところは、本書の引用部分とする。 また、同書では場所により「現地人」を「アイノ人」と訳しているが、場…

「1643年」の北海道〜千島〜樺太の姿…改めて「フリース船隊航海記録」を読んでみる①「背景編」

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2020/12/20/164436 https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/08/22/101835 前項はこちら。 さて、江戸初期に盛んに南蛮人が「金銀島」を探し、日本近海を右往左往していたのは探索チームからの報告があり翻…

この時点での公式見解41…各地方史書に記載される「アイノ文化登場の過程」を比較してみる

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2020/09/21/101118?s=09 https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2020/10/31/053428?s=09 こちらを前項として。 「新北海道史」において、「近世アイノと中世を繋ぐ明確な物証はまだなく、「諏訪大明神画詞のみ…

我が国の「船」とは?…その変遷や特徴を学ぶ

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/06/08/170900 これを前項とする。以前からシーパワーの要「船」については触れてきた。 https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2020/05/02/143342 そもそも「通商の民」「中継交易」と言う割に、大型の船…

見えなくなった「亘理伊達氏」家臣、あとがき…やはり消えてしまっていた

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2020/07/13/083842 これは備忘録として。https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/08/22/101835 こんな風にポツポツ登場するなら黙認するのもなんなので、確認を行ったと言う後日談である。 この際なので、…

この時点での公式見解40…平取町史に記された「アイノ文化が一夫多妻」である理由

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/09/27/202733 これを前項としよう。 平取… このブログを読んで戴いている方は、何故この地が特別な場所なのか知ってらっしゃるだろうか? アイノ文化の神「オキクルミ」がここに降臨し、矢で山を割いたと言う…

本当に「アイノ文化のもの」と断言出来るのか?…発掘者本人が記す「シベチャリ・チャシ」の発掘印象

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2020/09/22/095523 https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/05/26/170401 ここに繋げていこう。 アイノの天下を作ると豪語し蜂起したと巷で言われる「アイノのヒーロー」シャクシャイン。 まぁ我々的には…

松前藩の「寛文九年蝦夷乱」の処理の遠因はこれでは?…「島原の乱」終結と「松倉氏」

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/11/24/205912 これを前項としよう。 前項の「犾蜂起ニ付集書」の部分を見て戴きたい。 津軽藩は「幕命」により、寛文九年蝦夷乱への援軍と調査を指令されていた様だ。 だが、松前藩は側に行く事すら拒否、各…

「徳丹城」と陸奥エミシ…そして陸奥エミシと北海道・樺太との関わり

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/11/24/205912 弘前に続き、フィールドワークによる学習結果と行こう。 「徳丹城」をご存知だろうか? 古代「斯波郡」、現在の岩手県矢巾町に造営され、8~9世紀に東北で築城ラッシュした最後をしめた律令制城…

京のキリシタン伝承を学んでみる…「西ノ京ダイウス町」とキリシタン墓

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/02/10/200512 前項になる。 高山右近の高槻城のキリシタン墓地… 廃絶された城故に発掘されたが、墓地として存続し一族が続いていれば当たり前だが発掘対象にはならない。 何らかの理由によりその土地が違う用…

北海道と津軽藩の関係は?…「高岡の森・津軽藩歴史館」特別展「津軽藩と蝦夷地」にある津軽藩の蝦夷地出動実績らを学ぶ

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2020/09/30/223653 前項はこちら。 筆者は青森の藤崎町,弘前市へフィールドワークしてきた。 最大の目的は、安東氏発祥の地「藤崎城跡」を見ておきたかった事だが、「高岡の森・津軽藩歴史館」において「津軽藩と…

技術としての「轆轤(ろくろ)師」を追う…古代に金属器をどう作ったのか?

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/05/17/161552 https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/11/15/193225 前項としてこれらを。 以前から気になっていた。 「ろくろ挽き」の単語である。 土師器もろくろ牽きによる成形が行われていたのは…

砂金&水銀は「様似」だけに非ず…旧「旭川市史」に記された「旭川」のポテンシャル

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/11/16/201849 https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2020/05/02/192546 この2つを前項としてみよう。 実は旭川では昔、ペーパン水銀鉱山と言う水銀鉱山があり、発信者のお母様がそれを知っていたと言う…

ゴールドラッシュとキリシタン-27…様似町史に記された「黄金伝説」は「キリシタナイ伝説」だけに非ず

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/09/15/203519 https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/07/24/111811 前項をこの辺に。 そして、 https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/11/15/193225 このゴールデンロードを踏まえて戴けれ…

ゴールデンロード⑤…遠野と金山,水銀との繋がり、そして修験道の関与は?

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/08/10/203836 さて、遠野フィールドワークの第2報… とは言え、前項は「ゴールデンロード」である。とりあえずレポートは… https://twitter.com/tekkenoyaji/status/1458390818742407171?t=N6_yTeBcnTQqeimk4N…

生きてきた証、続報38…慶長遣欧使節団船「サン・ファン・バウティスタ号」に竈はあるか?

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/10/13/053204 竈探しの続報である。https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/11/10/180435 先日、遠野訪問時の主目的は実は、石巻へ「サン・ファン・バウティスタ号」を見に行く事だった。 11/15日よ…

この時点での公式見解-39…アイヌ協会リーダー「吉田菊太郎」翁が言いたかった事

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/10/11/115652 旧「旭川市史」から近世,近代の状況を書いてきたが、折角なので他書でも検証してみよう。 この際、アイヌ協会のリーダーの主張を聞いてみて、それとどうなのか?が解れば真実味も増すと言うもの…

真に守るべきものは?…東北史のお勉強タイム-5

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/08/17/195055 さて東北史のお勉強タイム…と、いうよりは筆者の考えさせられた事をふと書いてみようと思う。 関連項はこちら。 https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2020/11/15/141716筆者は先日、遠野…

負けじと三度「諏訪大明神画詞」を見てみよう…実は「諏訪大明神書詞」とは?

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/02/02/205112 https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2020/10/31/053428 この際なので「新北海道史」に於いて、唯一古代~中世と繋ぐ根拠とされた「諏訪大明神画詞」とななんぞや?…これを学ぼう。筆者が…

中身は眉唾?いや、実は乱自体はあったらしい…「野辺地町史」にある「蠣崎蔵人の乱」

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/10/02/083230 この前項にある「蠣崎蔵人の乱」、「野辺地町史」に記載があったので取り上げてみよう。 https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2020/10/16/185120 「蠣崎蔵人の乱」を取り上げるのはこれで…

北海道の対岸の状況はどうだったのか?-2…浪岡町に検出される「円形周坑」「環濠」そして「防御性集落」の片鱗

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/10/21/194535 さて、青森フィールドワーク第二編である。 本命の野辺地に向かう前に浪岡町に立ち寄る。 ここには中世北畠氏居城の浪岡御所(浪岡城)があり、「中世の館」と言う歴史民俗資料館でその遺物らが公…

北海道の対岸の状況はどうだったのか?…野辺地町史に見える古代~中世の文化到達の片鱗

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2020/12/21/144647 ここを前項とする。 昨今、青森県野辺地町がブログ上でもポツポツ登場している。 https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/09/21/072428 ならばと思い、筆者は野辺地へのフィールドワー…