ある意味一刀両断…言語,文学博士達の警鐘

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2020/05/10/114329
以前も考古学博士や医学博士の警鐘を紹介したが、今回は別バージョン。

これら論説を紹介した時、フォロワーさん達の反応が独特だった事を記憶している。
普通は何らか返信があり、会話になっていくのだが、そんな事もなく沈黙のままリツイートされた。
重鎮と言われる言語系や文学博士が種々の疑問を呈し、ある意味警鐘をならしていた事例。ブログでもその一説を紹介しよう。
敢えて…
これらは考古学雑誌に寄稿されたもの。
つまり、別学問から歴史学に対する疑問とも言える。
ある意味辛辣…
筆者が言っている訳ではないので、悪しからず…

蝦夷と謂へば本邦古代史に於て顕著なる慓悍人種にて其居住地は主として天竜信濃両河の東北地方にありしも、有史以前に於ては尚ほ西南に蔓り~後略」

「其後裔は今の北海道のアイヌなりとは専門家の定説なれども、なにさま歴史に見ゆる蝦夷と現在のアイヌとの間には、甚しきへだてありて、其文化と云ひ、意気と云ひ、人物と云ひ、古今を連ぬるよすがとては毫もなく、藤原清衡蝦夷なりき、清原武則蝦夷なりき、坂上田村麿さへ或は蝦夷なりしやも
知られず抔との説出づる今日に於て、世人の中には現今のアイヌは今昔の蝦夷の子孫なりや否や審し抔つぶやく聲も聞ゆめし、ましてアイヌは文字を有たず、文学を傳へず、歴史知らず、僅に知るは少しばかりの説話のみなり、其説話には、聊か文学的の価値あれども、歴史的の価値は毫も認められず、何とて藤原清衡清原武則が其血族中より出でしことを傳ふるよしあらむ、かゝれば現在の樺太アイヌが、土器を観て神の製作品なりと故坪井理学博士に告げ、十勝邉のアイヌが先年同ばかり旅行の砌、竪穴を指して、昔しフキの葉を以て屋根を葺きて穴に棲みし小人の遺跡なり抔述べしは、少しも怪しむに足らぬことにて、無学無史退歩の民族には、かゝる思潮あること當然なり、かくの如き説話を歴史談として聞きしは誤なりき。」

「我等はエビと云うもエミと云うも同しとの見解なり、~中略~夷はナリビト即ち文化程度の下れる人を指したるにて、固有名詞としては意義なし、故に蝦一字にてエミシと訓むべく、シを申合にて含まれたるならむ」

「是のエミシなる称呼は神武天皇の御製に愛溺詩(鉄註 ルビ:エミシ)と出づれば、其れ以前より大和邉に於て廣く行われたる人種名なりし事明白なり。」

「考古学雑誌」第四巻第三号 蝦夷考 文学博士 坪井九馬三 より引用…

これ、大正二年発行ですので悪しからず。
が、この方は実際、引用中に有るように、北海道でアイヌを名乗る方々と話をしている模様。この後、バチェラー編アイヌ辞典も両断していますね…わざわざ欧州の類例を出して。
要約すれば…
・本来、「蝦」でエミシ「夷」に意味は無い。
・エミシと言う単語自体は神武天皇由来で「愛溺詩」に由来し、悪い意味じゃない
・エミシと言われる人々は大和付近から東,北日本に広く居た
・まぁアイヌについては、坪井博士…一刀両断。ただ、比較対象がこの二人と言うのもどうだろう?

藤原清衡
奥州藤原氏の初代にして金色堂を建立した黄金文化の祖…
清原武則
兄、清原光頼の命により、一万三千の軍を率いて前九年の役へ出陣し、苦戦中の源氏を助け、奥州安倍氏を滅ぼした人物。東北出身者で初めて、鎮守府胆沢城の主、鎮守府将軍になった人。

つまり、朝廷に奥州の力を見せつけた人々。
捕らえられた安倍宗任もそう…都人を驚愕させた1人。

文学博士的には、「文字を持たぬ文化集団」とこれら人々では比較にもならず…だそうです。
万葉仮名で当てる漢字は人それぞれ。悪いイメージばかり膨らまさせても、意味は成さない…それは、北海道も東北も同じ事。
長い歴史の断片だ。少なくとも、上記の3方は「都の御高慢な御貴族様方」のイメージを変えさせるだけの実力があった。


もう1つ…

「エミシは最古の称呼で、中期にエゾと呼び、近代にアイノの名が出て来、又昨今はアイヌと呼び換へてゐる。」

「即ち、「土人の発音ではAinuである。故にアイノといふのは正しくない。よろしくアイヌといふべし」と唄導し出して之を一般に流行せしめたその人は、誰あらう今現存するバチラー博士なのである。」

「即ちアイノをアイヌと訂正されたバチラー博士もイナオ(筆者注釈 inau→イナウとなるハズとの金田一氏の指摘)をば依然見逃してやはりイナオと聞いて居られるのである。」

「即ちアイノは一般土人を呼ぶに用ひられてゐると共に正面の意は長者といふよい意味であった事が明瞭である。」

「(尤も久しくアイノゝと呼ひつけて侮蔑された結果は、明治に及んでは、アイノと呼びつけられることを喜ばなくなつた。それで役所でも今度は土人と改めて呼ぶやうになつた。最近は、この土人といふ称呼が兎角嫌がられる、といふやうに、敬意の称呼も久しくなると敬意がうせてしまふこともあるのは、言葉の常法である)。」

考古学雑誌第十四巻第一号 「言語上より観たる蝦夷アイヌ(1)」 大正十二年九月五日発行 金田一京介 p1-7より抜粋引用

バチェラー氏への疑問投げ掛け。
実際、バチェラー氏は、元々宣教師として来日し、言語系博士ではない。
後にクリスチャンの奉仕精神の元、興味を持ったアイヌとの交流の中で、教育に尽力した功績が薄くなるなんて事は一片たりとも無いだろう。
ただ、バチェラー氏の研究の中身は別だと、金田一博士は指摘してるのだろう。彼の視点では、矛盾あり…坪井博士の危惧と同様。


これら博士達の指摘は、我々がよく言う「何でもかんでもアイヌ起源論」への警鐘…
そう受け止めれば良いのではないだろうか。
見方によっては、中身や騒ぎ方は違えどその構図は、現代と全く変わりはしない。
これらは、柳田邦男の「遠野物語」が初版された頃の話。
そんな時の話とまるで同じ事を、現代もやってると考えれば、現代人の進歩の無さを感じてしまう。


内容については、読んで頂いた皆さんの評価に委ねますが、「アイヌ=縄文説」に付随してこのような侃々諤々があった事のみ把握戴ければと思う。


そういえば…奥州藤原氏の末裔を伝承していた文化集団も居たな…
それらの人々が、藤原清衡清原武則安倍宗任らをどう見ているのか?多少興味はある…この論文の感想と共に。


参考文献

蝦夷考」 考古学雑誌 第四巻第三号 文学博士 坪井九馬三

「言語上より観たる蝦夷アイヌ(1)」考古学雑誌 第十四巻第一号 金田一京介