https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2020/07/06/135923
https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/03/07/093154
さて、亘理伊達氏とキリシタンの関係を調べた報告は上記の通り。
たまたま入手した文献に続報すべき内容があったので、纏めてみよう。
少々興味深い内容なのだ。
キーは「常磐氏」である。
さて、フランシスコ会宣教師フランシスコ・パラヤス神父を匿った罪で「黒川仲庵」は一家ごと嶄罪となる。
前々項で報告した内容だ。
亘理の資料館では明確に亘理とキリシタンの関係は答えが得られず学び直した内容。
さて、その後どうなったのであろうか?
実は、独りだけその家族の中で生き残った者がいる。
「黒川仲庵女
奥方で仕え、常盤景定の妻。
この縁で黒川仲庵の所領は常盤景定に下される…とある。
常磐氏といえば、亘理伊達氏の家老の家系の一つ。」
ここまでが前々項のブログで紹介した内容。
そう…
黒川仲庵の娘は常磐氏に嫁いでいた為、処刑を逃れた。
では、ではこの先は?
「私本 仙台藩士辞典(増訂版)」 坂田啓 2001.5.20によると…
常磐氏(p604)の項より、
「出自 仙道田村常磐城に居住田村氏に仕え、後亘理氏家臣」
「禄・扶持高 一五〇俵」
「召抱藩主 吉村」
「格式 内科医」
「世臣家譜 亘理氏家臣縫殿丞次男玄椿、医学を岡本玄治に学び、元禄一六(筆者註:1703)年五両四人にて被召出。同一七年七人扶持増、宝永七(筆者註:1710)年一〇〇俵に加増、正徳四(筆者註:1714)年一五〇俵に増、~後略」
「私本 仙台藩士辞典(増訂版)」 坂田啓 2001.5.20 より引用…
とある。
常磐氏は亘理伊達氏に勤めた系譜なのは解るだろう。
で、縫殿丞の次男玄椿は、内科医として伊達宗家五代吉村公に仕官しているとある。
では、縫殿丞とは?
http://shigezane.info/majime/kasin/kasin.html
ここで再び、伊達成実専門サイト様のお力をお借りした。
「常盤景定
亘理世臣家譜略記12 縫殿丞。常盤実定の三男。成実の側近くに仕える。寛永15年成実の江戸行きに伴をし、江戸城まで同行。」
縫殿丞こそ、常磐景定の事だった。
つまり、黒川仲庵の領地を受け継いだ景定は、自分の次男且つ黒川仲庵の孫を内科医にして伊達宗家へ仕官させていた事になる。
間接的に医師黒川氏を復活させていたって事だ。
繋がるもんで、あっさり後日談が見えてきた。
そこから六代玄安まで宗家へ支えた事が記録されているが、ここで故あり家禄を元の150俵に戻され閉門との事。
何だろう?…それはおいといて…
何が凄いのか?
当時の背景がだ。
元々我が国は当選ながら東洋医術主体。
西洋医学の内科医と言う概念は、織豊期まで我が国には無い。
内科医の概念を広げたのはバテレン、当然ながら「伊達政宗公」「松前慶広公」ら含め、子や正妻,側室の病状が悪くバテレンに治療依頼したケースはあれこれある。
この常磐玄椿は内科医。
勿論、内科医全てがキリシタンと言う話はナンセンスだが、内科医を名乗ればバテレン技術の申し子って訳です…本人がキリシタンで在ろうが無かろうが。
さて、常磐玄椿の師、岡本玄治は将軍家御典医の様だ。
なので、格式高い師の処で医術の修行をしたのは確か。
以前も話を出したが、伊達家臣団には医師の記述が多い。
当然ながら、御典医とのコネクションが出来れば、将軍家や大奥の情報が入りやすいのは確かだろう。
https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/03/04/224207
確か林子平も、元は医師家系の蘭学者。
https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/08/20/141907
スペインとの関係は途切れ、表向きではバテレン粛清やキリシタン弾圧をしつつ、
ちゃんと医師や蘭学者のネットワークを駆使して海外情報収集が出来る環境は構築していた可能性はある訳だ。
強かと言う他はない。
伊達家臣団は、そんな側面も持ち合わせていたのかも知れない。
実に興味深い。
まさか、こんな後日談が付くとは思いもせず。
https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/06/20/112451
案外、こんな話も実は事前に情報や教義らをキャッチしていたのではないだろうな…?
そう思わせてくれるのも、伊達政宗以下の伊達藩の魅力の一つなのかも…知れない。
参考資料:
伊達成実専門サイト 「成実三昧」様
http://shigezane.info/majime/kasin/kasin.html
「東北のキリシタン殉教地をゆく」高木一雄 聖母の騎士社 2006年9月1日
「亘理小史」 亘理町史編纂委員会 平成2年10月1日
「私本 仙台藩士辞典(増訂版)」 坂田啓 2001.5.20