「前フィリピン諸島長官」が日本で聞いた1610年の北海道の姿…「ドン・ロドリゴ 日本見聞録」を読んでみる

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/12/20/071910
更に折角なので、前項に続き、ビスカイノが我が国周辺に金銀島探検をしにくるきっかけを作った「ドン・ロドリゴ」の見聞録も読んでみよう。

ドン・ロドリゴは元々フィリピン諸島を統括する長官(臨時総督)を務めていた。
最初の日本との縁は、マニラで日本人が暴動を起こし、鎮圧後に全員を強制送還し、日本側に処罰を求めている。
この時の対応者が大御所の外交顧問だった「三浦按針(ウイリアム・アダムス)」。
1609年に任期が終了し、メキシコへ戻ろうと「サン・フランシスコ号」に乗ったのだが、暴風雨にあい大破。
何とか上総迄辿り着き、岩和田村海岸で難破した。
村人や領主本多忠朝らに救助され、その後、江戸の将軍や駿府の大御所と会見。
船をうしなっているのでと、大御所が三浦按針に作らせた按針丸でメキシコへと戻る事になる。
この時、大御所のメキシコ副王への親書を預かるが、その中にメキシコの鉱山夫の派遣依頼や通商についての申入があり、ビスカイノが人選されたと言う経緯がある。
と、ビスカイノに同行したのが田中勝介と言う訳だ。
来日中の事を記録したのが「ドン・ロドリゴ日本見聞録」。
鉱山夫派遣や通商の話は、大御所との会見中で話が出ていたので、彼はメキシコ副王の報告とは別に、スペイン王宛の書簡を書き、その中に自分の意見を述べている。
背景はこんな感じで、「ビスカイノ金銀島探検報告」と繋がった話。
また『』内が引用となる。
ではいきなり北海道について、聞いた話を引用してみよう。
これは日本の都市や隣国(China,Corea)について触れた所にある

『都の北東に當り(筆者註:当り)、日本最北の岬の北に蝦夷Yezoあり、日本人は彼等と通商す。或は島なるか、又は南方ウランガイ(筆者註:外蒙古の兀良哈とある)に接する大陸なるべきが、重要なる島又は陸地の知られたるものなし。』

残念ながらこれだけ。
だが、この当時の地理感を如実に表している。
元々「渡島」とは半島の意。
以前のブログにもあるが、陸奥国と繋がっていたと古代考えられていたりする。
https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2020/05/01/193325
行き来していた渡島衆や東北人や、例えば日本書記に記録された720年に靺鞨国へ派遣されたと言う「渡島津軽津司 諸鞍男」ら六人ならば、北海道と樺太と大陸が分かれていた事らを何となく把握したであろう。
だが、実際に宗谷海峡間宮海峡らが地理的に認知されたのは江戸中〜後期の事。
現代の地理感を持ってして、当時の地理感を考えるなど愚の骨頂。
そんなもんだったんだろう。


で、これで終わってはつまらない。
ドン・ロドリゴは、大御所からの申入らをどう考え、どうスペイン王へ報告したか?…

前述の通り、彼はマニラでの日本人の暴動を処理しているので、日本人商人が大陸や東南アジアと交易している事を知っている。
彼は日本書紀らの「神武東征」や直前まで戦国乱世であった事、金銀が豊富な事、日本人の気風らもChinaらと比較しながら報告を入れている。
さすが施政者。
で、「宣教師の処刑やサン・フェリペ号への対応」らで、スペイン王には対日開戦の理由(口実)はあるとしている。
巷で出る「力での日本征服」の話である。
それに対して、「日本は人口が多く、都市間の距離が短い特性」を指摘している。
つまり、都市攻撃をしても援軍が直ぐに派遣されると指摘している。
更には、少人数でマニラ陥落まで追い込む武力、将軍が指令すれば5〜10万の兵を性能の悪いジャンク船でも15日でマニラに送り込む事が出来るとしている。
開戦は全く利が無いと進言している。

と、鉱山夫派遣や通商をやる場合…
①メキシコから鉱夫を送る…
②連携しバテレンを鉱山都市に送る…
③Chinaからの絹と日本の銀で貿易…
キリシタン増加…
⑤家康,秀忠が寿命になり、民衆を支配すれば自ずとスペイン王を尊敬する…
乗っ取り完了。

彼がスペイン王に提案した鉱山夫派遣の条件は、「産出した銀の5割は鉱山夫へ、残りの2割5分ずつを大御所,将軍とスペイン王で分ける」…こんなプラン。
通商すれば、鉱山夫や日本側の取り分から持ち込んだ絹と交換で入手出来るので、スペイン王は手を煩わせる事なく富が転がり込む訳だ。
日本から輸入すべき物は、鉱山資源のみとした上で。
実際、各種の検討はやられていた節は、ドン・ロドリゴの報告だけでも何となく解り、鉱山夫派遣や通商に最も反対だったのは、フィリピン総督府フランシスコ会以外の修道士会で、それはスペイン王ではなく自らの権益が減るためとしている。
ズバリ書いちゃっている。
彼は日本の民衆は民度が高く、それ故にキリスト教をムゲにはせず有難がる、そしてキリシタンは30万人居るとしている。
スペインは終始通商する条件に「キリスト教布教とオランダ排除」を曲げてはいない。
こんな事情と合わせれば、この条件を外せる訳がないのだ。
https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/08/20/141907
まぁそれを逆手に取ったのかも知れないが。
当時、スペインはオランダに大敗を喫しているし、スペイン王に対する「反逆者(独立の事)」としか見てはいないようだ。


改めて…
https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/12/20/071910
ビスカイノを追い払った、南部の「領主に従わざる者」は、安全保障上、大仕事をやってのけたとも言えるのではないか?
恐らく、この人々は大勢の事など考えてはいなかったではあろうが。


ここまで3冊読んでみて、筆者的に一つ疑念が湧いてきているのは確かかも知れない。
蝦夷地は危険で蛮族が居る」…これ、初めから人が入り込まぬ様にする風評で、自分達の利権を守る為に流したのではないのか?
とはいえ、仮にそんな事をしていたとしても、江戸初期の「ゴールドラッシュ」で、風評なぞ破壊されるのだが。

勿論、そんな疑念も、我々の「物証主義」の前では、何のフィルターにもなりはしない。
古文であろうが、考古的遺物だろうが、それが全てなのだから。

まぁ大航海時代なぞ、ドン・ロドリゴが書いたような「助平根性」が無ければ、他国に食われる…
これもまた事実かも知れない。






参考文献:

「ドン・ロドリゴ日本見聞録/ビスカイノ金銀島探検報告」 村上直次郎 奥川書房 昭和16.12.10