https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2023/02/11/185850
さて、ツラツラ前項を書いてみたが…
ちょっと気になる点を…
①時代区分…
我々的には、吉崎昌一氏の指摘がシックリくる…これは概報。
そこから持ち上がる疑問が「何故わざわざ分ける必要があるのか?」だ。
北海道の方は、普通にその区分で教育されているので、何とも思わないかも知れないが、我々は北海道と本州がごちゃ混ぜなのでこれを当初から疑問視していた。
理由は簡単だ。
地方史を学ぶのは必要。
同時に日本史も学ぶ。
当然求められるのは「日本史における郷土の意味合いの習得」だろう。
これは日本史と郷土の接続をしなければ理解不能。
ならわざわざ分けずとも、平安時代や江戸時代で良いのではないのか?と言う話が当初から出ていたから。
実は学び始めた頃、SNSで話をしていて「擦文文化期が何時代に相当し、何世紀から何世紀までか?」を答えられなかったケースは結構あった。
何故教育の場で子供達に変換をさせる理由があるのか?
わざわざ分けるから社会科が苦手な方が答えられなくなるのでは?
まぁ本州人がケチを付けると思われるのは嫌なので…北海道のメンバーも「なんでなんだ?」と、逆にたずねられていた事を付記しておく。
場所により、博物館,資料館でも何世紀頃か?西暦何年か?前後関係は?が表示されていない場所があったと従前から言っている。
興味ある方はいざしらず、興味無い方なら「へー」で終わってしまうのでは?
まぁ教育の場でどうするか?決めるのは教育委員会だろうから、我々が口を挟む事ではない。
そちらへ。
②定義…
河野本道氏は、「複数集団であり、単一集団ではなかった」と、一論文で数回使う位にそれを強調していた。
本州の論文でも「中世は複数集団」と記載されるし、わざわざ「居住地域と言う属性」を与えて「本州アイノ」と区分している。
この段階で「あれ?」なのだが、そこは置いておいて…
この点、仮に河野本道氏の指摘通りだとしたら、少なくとも現状政府広報らで行われる「単一集団」として捉える話は「ファンタジー」と言えてくるのだが。
当然なのだ。
本州に極近い擦文文化人がアイノ文化を持つ様になるプロセスを説明出来るのか?
ムリなのだ。
前項の通り、各博士らの指摘が統一されていない。
https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2022/07/14/211625
故に、何を持ってアイノ文化開始とするか?も決められない。
https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2022/07/19/204031
もはや学術と観光の区分もシャッフルされ、
https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/09/26/174417
結局、法に基づき「新文化創生やってます✌」と回答が。
で、多額の税金がぶち込まれる。
実態を研究しつつ発表すれば、河野本道氏の様に訴えられると。
で、立法,行政にいる者は「こんな実績が出来ました👍」と報告する。
定義の設定って誰が纏めるんでしょう?
その検証は誰がするんでしょう?
我々、丸三年でこんな感じの疑問にぶち当たってますが、誰も疑問に思わないのだろうか?
それとも「政府が決めたから」「議員が賛成したから」…なんて言うのだろうか?
まぁ、我々はまだ学びの最中。
こんな「疑問」を持ってるに過ぎない。
たかだか丸三年。
ずーっと学んだり、研究している方々は多分こんな疑問を持たないのだろう。
まぁ、河野本道氏を全面支持する事もなければ、否定する事もない。
だが、我々の「疑問」以前に、この河野本道氏の問いかけに答えられる方はいるのだろうか?
いないよね、多分。