北海道中世史を東北から見るたたき台として−7…南関東はどう?「関東編(2)」を確認

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2023/12/08/210411

「北海道中世史を東北から見るたたき台として−6…信濃や伊勢はどうか?「中部・東海編」を確認」

さて、久々に「宿題」の続きをいってみよう。

中世墓資料集成より、関東編(2)…つまり南関東である。

当然関連項は、

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2023/09/26/195206

「北海道中世史を東北から見るたたき台として−3…東北の延長線上で北関東の傾向を見てみよう」

北関東だろう。

ぶっちゃけなのだが、さすがに中世となると鎌倉や小田原を要する「神奈川県」は他の関東の中世墓数を凌駕する。

とうとうこの南関東で、北,東日本は制覇、四国編は確認済なので、中国,九州,沖縄、そして関西となっていく。

メイントレンドは比叡山,高野山,奈良,吉野を有する関西が元になるのだろうが、実際はどうなのであろうか?

 

では早速どんなものか見てみよう。

 

東京都…

・遺跡総数

90

・土葬or火葬

土葬→20

火葬→16   

・特徴ある副葬

古銭→13

ガラス玉(水晶,土玉含む)→0

鏡→0

鉄鍋→1

鉄釘→1

刀剣(刀子含む)→1

陶器,かわらけ→12

漆器→0

仏具(五輪塔,板碑含む)→18

・特徴ある墓制

周溝墓→0

鍋被り→0

石積塚→2

 

神奈川県…

・遺跡総数

661

・土葬or火葬

土葬→131

火葬→109   

・特徴ある副葬

古銭→66

ガラス玉(水晶,土玉含む)→5

鏡→1

鉄鍋→7

鉄釘→18

刀剣(刀子含む)→9

陶器,かわらけ→139

漆器→2

仏具(五輪塔,板碑含む)→71

骨角器→4

・特徴ある墓制

周溝墓→2

鍋被り→0

石積塚→26

やぐら→196

以上。

ではまたテーマ毎に確認していこう。

 

A,土葬or火葬…

双方共に土葬:火葬は55:45程度。

火葬が強かった埼玉を除けば、大体他の関東圏と似た傾向と言えるのではないだろうか。

 

B,特徴ある副葬について…

副葬は薄く、土師系や山茶碗の様なものが主になり、陶磁器らでも特に貿易陶磁器の様なものはあまりないし、金属器の様なものも極薄くなる。

仏具系は概ね板碑や五輪塔らの石像物が殆どになる。

馬,牛,貝類が共伴する墓らがあるのも関東からかも知れない。

と、骨角器は4件ある。

鎌倉市「佐助ヶ谷遺跡内やぐら」13~15世紀→骨製笄

鎌倉市由比ヶ浜中世集団墓地遺跡(若宮ハイツ)」13後~14後世紀→鹿角製賽,骨製笄

鎌倉市由比ヶ浜南遺跡」13後~14世紀→骨製笄,骨製ピン状製品,加工骨ら

鎌倉市「長谷小路周辺遺跡(河合ビル)」11末~12末世紀→骨鏃

鎌倉市「釈迦堂ヶ谷遺跡(エクレール浄明寺)」中世→鹿角製双六駒

残念ながら本書には骨角器の図は無い様だ。

由比ヶ浜南遺跡」に加工骨が検出しているので、この周辺に骨角器の加工集団が居た事になるのだろうが、鎌倉市周辺にその分布が集中しているのが気になるところ。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B1%E6%AF%94%E3%83%B6%E6%B5%9C%E5%8D%97%E9%81%BA%E8%B7%A1

一応ウィキではあるが、かなり変わった場所であるのは確かな様だ。

 

C,周溝を含めた墓制変遷…

まず目立つのは神奈川における「やぐら」、約3割に及ぶ。

位置的には、

川崎市横浜市横須賀市三浦市葉山町、逗子市、鎌倉市三浦半島側に集中している。

関連項にある様に、千葉県で初見,23%で、館山市安房郡、鴨川市勝浦市いすみ市茂原市、富津市で、旧安房国周辺に分布、北陸で似たものがある他は東日本では殆ど記述がない。

中には、入口に火葬施設、奥の祭壇に骨臓器を供える形式もあり、土葬,火葬両方ある様だ。

東日本では東京湾の外側〜太平洋に掛けてのこの一帯にのみ、この特徴的な墓制を持つ集団が暮らしていた事になる。

なら、ここに住みこの風習を継続した集団は何者なのか?…こんな疑問も出てくる。

先行論文らを読んでみたいものだ。

ここまで地域として特徴的なら独特の墓制文化圏と言えそうだ。

なら、北海道はどうなのだろう?

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2023/10/25/105821

「北海道中世史を東北から見るたたき台として−4…本命「北海道の中世墓」、だが何故か「長方形墓と楕円墓が併用」されている、そして…」…

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2023/11/08/130357

「北海道中世史を東北から見るたたき台として−4、あとがき…ならその「北海道の中世墓」事例を見てみよう」…

そんな大きな墓制文化の差異があると言えるのか?

特異点ばかり追いかけていて、全体像が見えないていのではないだろうか?

 

D,集石塚について…

集石と言うより、A,に関連するが、東京と神奈川、特に鎌倉より西側では火葬施設の形が違う様だ。

これが東京。

他の関東と共通のT型火葬墓が主。

対して神奈川西部がこれ。

東北や中部,東海の様な円形又は不定形の火葬施設の上に集石したり、集石の上で火葬し骨臓器に収めるか…の様な形が主になる様だ。

と言う事は、T型火葬墓が関東独特で、メジャーなのは集石を伴う火葬墓なのか?

やぐらの件もあり、案外関東そのものが特異点…ということはあるのか?

 

E,十字型火葬墓について…

残念ながら見当たらない。

 

F,鍋被り墓について…

残念ながら中世では見当たらない。

 

以上となる。

やぐらや鎌倉があった特異性から興味深い遺跡が多く周辺域の墓制変遷も見ていたいが、目的は全国の傾向の把握、この辺にする。

全体像把握の上で、墓制の専門書らは再確認するつもりである。

中世だけでもこれだけ多様だと解る。

むしろ、北海道より関東の方が特異性が強く感じるのは筆者だけだろうか?

少々意外な展開になっている気もするのだが…

まずは「前へ」…

 

参考文献∶

「中世墓資料集成−関東編(2)−」 中

世墓資料集成研究会 2005.3月

 

「中世墓資料集成−関東編(1)−」 中

世墓資料集成研究会 2005.5月