コイル状鉄製品のルーツとなり得るのか?−3、あとがき…研究者は「お宝」をどう考えているのか?

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2024/05/23/205737

「コイル状鉄製品のルーツとなり得るのか?−3…螺旋状垂飾の年代特定は?、そして用途は?」…

今回取り上げた宇田川洋教授の論文、興味深い内容なのでもう少し進めてみよう。

前項の論文引用部分の冒頭で宇田川氏は、

「威信財あるいはikor的存在としてよいかどうか判断に悩むが、興味ある遺物をみておきたいと思う。それは図11の下段に示した鉄製コイル状垂飾品である。」…

として、「螺旋状垂飾を」威信財、つまり「お宝」なのか悩むとしていた。

今迄も一度、

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2020/11/28/193339

「なら、対岸の「入舟遺跡」はどうか?…お宝思想から古代北海道を考察」…

お宝をどう捉えるべきか?に触れてきたが、今回は宇田川氏の論文を通して「研究者達がお宝をどう考えているか?」について学ぼうではないか。

序文からなかなか興味深いのだ。

「かつて、アイヌと和人の関係に関して、アイヌ口承文芸の研究から中川裕による注意すべき発言があった(中川 1999)。物語性をもつ内容のアイヌのロ承文芸(英雄叙事詩、神謡散文説話、叙情歌、子守唄)から和人描写の類型を探ってみると、A交易相手としての関係、B会所番人と労働者しての関係、C偶然の遭遇者としての関係、という3パターンになるという。そして、各ジャンルでの検討の結果、「シャクシャインの戦いなど、歴史上ではかつて頻繁に起こったはずの、アイヌ人と和人との(集団対集団としての)戦争が、はっきりそれを描いたと同定できる話としては見あたらない」 (p.81)とされる。  

「考古学から見たアイヌ文化複合体」(宇田川 1988)を構成する要素として重要なものの一つにチャシがある。その研究の一方法論として、チャシにまつわる伝説・口碑を集成して、その機能論を考えたことがあるが、言い伝えのほぼ半数近くは「集団対集団」の闘争用の砦としての機能を有することが指摘できた(宇田川編1981)。ところで、児島恭子は英雄詩曲と散文とを同じ性格の資料として扱うことはできないと批判している(児島1995)。そのことは正しい指摘であり、筆者もそのことを知った上で、伝説・口碑ではどのように扱われているかを検討したのである。

ともあれ児島の指摘の中で、とくに注目すべき部分がある。それはチャシの闘争伝承にかかわっ て、「宝物」(ikor)も闘争の誘因ないし目的となって、チャシと並んでアイヌの「戦争複合体」の構成要素であるとした渡辺仁の示唆 (渡辺1992) を重視している点である。筆者も、このチャシと ikorに関する渡辺のいう「社会考古学的視点」を今後の研究課題として注意すべきことを指摘したことがある(宇田川1994:325)。渡辺仁は「チャシの歴史を宝物の歴史に重ね合わせることができれば、両者の社会構造的関係を糸口にチャシの社会的意義を理解する一つの途が拓けるのではないかと思う」 (p.8) と述べているのである。

このような方向性の分析に関して、その可能性を探る意味においても、考古学的に得られる物質文化資料としてのikorにはどのような「もの」があり、それがアイヌ社会の中で果たした役割と比重を考えてみる必要がある。ここでは、考古学的あるいは民族誌学的に見たアイヌ文化の形成プロセスの一端を、主にいわゆる「威信財」あるいはikorまたはikor的な意味合いの強い資料(「ikor的 存在」と呼んでおく)をめぐって模索してみる次第である。」

アイヌ文化の形成過程をめぐる一試論」宇田川洋 『国立歴史民俗博物館研究報告 第107集 −アイヌ文化の成立過程についてⅡ−』国立歴史民俗博物館 2003.3.31  より引用…

羅列しよう。

①近世からの口伝では、在地系と本州系の関係はA交易相手、B会所役人と労働者、C偶然の遭遇者の3パターンで、在地系vs本州系の戦争を描いたものは見当たらない。

②チャシ関連口伝の半数は在地系集団同士の戦いでの砦機能で描かれる。

③チャシの砦機能に関わる口伝の中で、お宝も闘争の遠因として描かれる。

だ。

この③を指摘していたのが渡辺仁氏。

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2024/04/06/215742

「これが文化否定に繋がるのか?…問題視された「渡辺仁 1972」を読んでみる」…

この論文の著者。

ここだけ見ても、渡辺氏は「あるアイテムと構成要素の関係」…みたいな視点で追求していた様に見える。

ここから、宇田川氏はお宝(ikor)…威信財をどう捉えるか?について進めている。

江戸期の古文献でお宝と挙げられる事例、刀剣,刀装,蒔絵の漆器,希少な衣服やシトキらを列挙し、17~19世紀では「移入された装飾品」と捉えている。

ここから近世アイノ文化でのお宝(ikor)の社会的な機能を岩崎奈緒子氏のモデルで説明する。

機能−①

交易してお宝を獲得する為の目的機能…

機能−②

勢力の証、婚姻時の婚費、集団間の紛争解決と贖罪ら、社会的優位性を確保する為の機能…

機能−③

より多くのお宝を得る為の生産活動…

この循環の様だ。

威信財をより多く集めると権威と権力が増す→生産活動を行う→交易で威信財を獲得…これを繰り返す。

我々の報告の中で近いのはこれであろうか。

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/10/07/133243

「この時点での公式見解-35…新旧「旭川市史」にある石狩川の特異性とその背景にあった「北海道労働環境の変遷」への説明」…

当初、食料や衣服、道具らを交易対象にしていたのが、江戸期に入りその対象が威信財に変化→より多くの威信財を得る為に場所と「入手品予約と納品数の約束」を行う→数量不足においては出稼ぎら「労働力の提供」を行う…

こんな形式。

説明の中では、

機能−②で権威,権力が上がると、他集団との交渉や婚姻での優位性を上げる事が出来る。

ぶっちゃけた話、交渉で不利な場合でお宝(ikor)を差し出せなければ、「ウタレ(下人,召使,家来)」や「ポンマチ(複数の妾)」を差し出す事になる。

この「ウタレ,ポンマチ」が基礎労働力となり機能−③の生産活動に寄与する。

そして、その生産活動で得られた物品で機能−①の交易活動を行いお宝(ikor)を増やす…この循環の様だ。

より優位に立つ長の元に労働資源が集約され、交易で得たお宝(ikor)によりその優位性を更に上げるシステムになる。

あれ?…これ…

話を戻す。

宇田川氏は続けて

・交易システムモデルでの説明…

・考古資料の紹介…

擦文,オホーツク,中近世それぞれの説明(この中に螺旋状垂飾も取り上げた)

・結びとして威信財とチャシら遺跡の関係ら…

を記述する。

が、ここでは詳細は割愛する。

宇田川氏はモヨロ周辺でのお宝(ikor)の豊富さを指摘しつつ、北方との関係の深さや同質の遺物の検出から道内の関係を考えている様だ。

 

さて、お気付きだろうか?、何故筆者がこれを取り上げたか?

①システムの問題…

「あれ?」と引っ掛かった部分、この「より優位に立つ長の元に労働資源が集約され、交易で得たお宝(ikor)によりその優位性を更に上げるシステム」…これ、資本主義のシステムまんまでは?

貨幣を使わず、物と物を動かしているだけで、基本システムは変わらないと思うのだが。

よく、政府広報らで「持続可能な」…等と謳ってはいるが…

我々が旧旭川市史から報告した様に「財産増加の為に労働力を確保し、その生産能力で得た商品を売買し、得た財産を資本とし、更に労働力確保を繰り返す」…この時資本者層は「長」になり、労働者層は「ウタレ,ポンマチ」になる。

資本者層は資本増大の為に労働者層を使役し、資源を大量消費し生産力を上げ、富は資本者層に集中し労働者層は収奪される…「資本論」…

ここでも、鷲や鷹の羽、ラッコ皮ら「千島交易」の文字も見えるが鮭やニシンも同様である。

乙名や三役がより高い対価を得ようとすれば、より多くの人材を集めて商品を生産する必要がある。

それを購入する側は租税の上で、当然対価を準備する為に数量確保の確約をさせる。

約束数量が確保出来れば問題無く対価を得て、確保出来なければ労働力や妾として提示…

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2022/01/10/204415

松浦武四郎が記す「請負人と番人の悪虐非道」…だが、背景的にはどうなのか?」…

まぁ辻褄は合う。

持続可能とは真逆、近世近代の資本システムそのものではないか?

これは、筆者が勝手に言ってる事ではない。

上記の様にモデリング迄されている。

②お宝の意義…

こんな風に権威,権力を集める為に使用されたお宝(ikor)だが、その多くは刀剣や武具、鏡や蒔絵漆器らと指摘される。

有りがちなのは刀剣や兜の鍬先で、魔除けらの追加付加価値もあった様だ。

これらの価値の高低は、刀剣なら斬れ味ら実用性と言うよりは「見た目」の様だ。

何せ、刀装だけでも用を足す。

道具としての機能より、豪華さや希少性らを重視したのではないだろうか。

そして、「江戸期の古文献でお宝と挙げられる事例、刀剣,刀装,蒔絵の漆器,希少な衣服やシトキらを列挙し、17~19世紀では「移入された装飾品」」だとしている。

再び岩崎モデルを見て戴きたい。

社会的な権威,権力の原資として、「移入されたお宝(ikor)を利用した。

なら、その権威,権力を担保,裏付けしたのは何者か…

これ、所謂「和人」になるのでは?

ウタレ,ポンマチを使役して「生産」した品々は権威,権力の担保にはなってはいない。

あくまでも交易で「所謂和人が製造し、購入,移入した品物」でなければお宝(ikor)としての機能は果たさないのだから。

そして、

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2022/05/20/193847

「推挙を受けての三役任命、そして…「加賀家文書」に残る「雇い方願上」にある労働システム」…

乙名ら三役として「生産」を行う場合の権力保証は、松前藩主や知行主、箱館奉行や東北諸藩の役人になるのでは?

故に、権力保証者同様の物を移入し誇示した…

こと、上記の通り、17~19世紀ではそうなると考えるが。

 

如何であろうか?

こう考えると、古代の威信財は宗教具らのイメージが強いのでは?

と、すれば、威信財としての意味合いも変化している事になる。

一貫性を持つとするなれば、蕨手刀以来の「下賜された刀剣」のみか。

この辺は、モデリングが江戸期の古文献からとなるであろうから、17~19世紀段階と区切っておく。

・在地系vs本州系での闘争伝承はされず、同系集団間闘争のみ…

・お宝の権威担保は藩や本州系…

・近世近代の資本主義システムママ…

研究最前線と巷の話はこうも違うものか?

これらを無視して、無条件に「収奪が〜」と言う輩の気が知れん。

そういえば、以前からの素朴な疑問…

これらの話に「乙名らの末裔」の登場が殆どなく、チャシの主名も出てこない。

もっとも、最新研究でチャシは

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2024/03/24/204435

「最新研究の動向を確認してみよう…「つながるアイヌ考古学」を読んでみる」…

祭祀場系。

口伝とは差が出てきている。

東北と接続すれば…

https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2024/05/16/205130

「「砦状構造物」を同じ尺度で区分したらどうなるか?②…山形迄南下したらどうなるか?、そして…」…

こんなもんだ。

信じるに値するのは誰の論?

研究最前線とこんなに乖離した広報に多額の血税を突っ込む…

許している事が理解不能である。

 

参考文献:

アイヌ文化の形成過程をめぐる一試論」宇田川洋 『国立歴史民俗博物館研究報告 第107集 −アイヌ文化の成立過程についてⅡ−』国立歴史民俗博物館 2003.3.31