https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2021/07/19/112656
この項では日本海ルートは比較的に簡単に行き来出来るのでは?と…
だが、そうは問屋は卸さない。
デカくてしょっぱい川「津軽海峡」をどう超えるか?…コツがあろうからだ。
それは必然、「何故、北方交易の拠点が十三湊や秋田湊でなければならなかったのか?」の理由の一つになるだろう。
ちょっと歴史文献らから離れて、筆者が回った先や拙い記憶を羅列して備忘録としてみたいと思う。
①久六島への海流…
ここ写真が何処か解る方は、漁師か釣り好きだろう。
普通の生活を送れば、ほぼ目にする事はないからだ。
この島は久六島。
秋田と青森の県境沖の絶海の孤島、艫作崎から約30kmの沖合でこんな場所。
マグロ,ブリからタラやテリ(沖メバル)らの漁場。
奥尻島を含めてこんな位置関係。
さて話は40年前へ遡る。
日本海側では殆ど起こらない津波の発生、筆者もそう教えられたが、それまで津波はないから海側に逃げろと口伝されていた。
秋田市沿岸で被災し、確かこの久六島周辺迄流されたご遺体があったかと記憶している。
津波という異常事態ではあるが、時として結構沖合へ流される様だ。
②ルアーや鯛ラバの傾向…
以前、たまにお邪魔していた山形の古くからの釣具屋さんでの話。
釣具を物色しに回った折に、たずねた事がある。
売っている仕掛けの重さが、秋田より山形が軽い傾向。
以前は水深=同じ㌘又は+αと言われたものだが、久六島や手前のテリ場(漁場)でそれをやると、着底が解らずに海底を釣る事に。
なので重いものを探す事になる。
店主(久六島での釣り実績者)曰く…
「潮の流れの差ですよ。大瀬(鶴岡沖の漁場)や飛島の流速より、久六島やテリ場の方が遥かに早い。君達はそんな一級の場所に出てるのだから、漁師らと大事にしないとね。」
勿論、操船方法にもよるが、同じ水深,同じ道具で出港しても、飛島沖で底がとれても、大凡にして久六島,テリ場では底はとれない。
ダイビングをしていた方二名に話を聞いた事がある。
久六島へ潜った感想は「恐い」…海流が早く、あっという間に流されたとの事。
それに耐え得る魚貝類は、それだけの運動量を得る為に高カロリーの餌を喰う。
先日、市内のスーパーに滅多に出回らない久六島のサザエが出ていた。我が家的には高かろうが「迷わず買い」。
男鹿のサザエはちょっと違う、久六のサザエはもっと違う…
③想像より大きい真水の影響…
これは飛島へ釣りに出た時の話。
梅雨明けの頃だった記憶。
雨続きが3日位前に緩み、出港したが、飛島に近いところまで濁り水と流木が。
もう秋田~山形は収まっていたが、南下した前線は前日まで長野,新潟に居座り水害をもたらしていた。
船長さんの話では、情報で、最上川と言うより信濃川氾濫の余波だと。
雨の後の海を見ると解るが、川の真水の影響は結構目で見える。
濁り水と海水で潮目が出来ている。
当然ながら、真水は海水より比重は低く、海面側への影響が大きくなる。
④津軽海峡はデカくてしょっぱい川…
さて、緩く記憶を辿ったが、ボチボチ本命へ。
https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2023/04/09/124507
「大間崎から函館には渡れない」…を読んで戴きたい。
大間崎からカヌーらで北海道へ向かっても東へ流されてしまい、日高方面へ。
函館方面へは行きたくは8の字海流を使える佐井から出港。
この理由は、日本海と太平洋の海面の高さと潮位差の様だ。
通常は西から東へ流れる「デカくてしょっぱい川」となっている。
この辺から、野辺地や田名部に拠点が置かれた理由はそれではないか?と。
これを踏まえ…
沿岸を北海道を目指し北上、又は本州を目指し南下した場合、どうなるか?
恐らく…
小舟ならば、「デカくてしょっぱい川」へ引き摺り込まれ、狙った対岸に辿り着くのは難しいだろう。
何気にそれを、
https://tekkenoyaji.hatenablog.com/entry/2022/09/15/194055
アンジェリス神父はこう記す。
「松前は津軽の終端から五レグワ離れているだけで、その間の海流は凄まじく流れています。若しどの船かが航路を外れて流されるとすれば、アニアン海峡までは止まることがないでしょう。」
なら、どうするか?
北上する場合、①~③の様な雄物川や岩木川等の離岸流を利用して一気に沖へ船を出し航行、岸近くの海流で津軽海峡へ引き込まれるリスクを減らす為だ。
ましてや、十三湊と秋田湊の2箇所には共通点がある。
川の払い出しはそれぞれ小泊半島と男鹿半島で、沖へ更に払い出される。
逆に、南下の場合は、目標になる島がある…奥尻島では無いだろうか。
古代の出土物の多様性は、このギリギ津軽海峡へ引き摺り込まれない海流の為と考えれば理解出来る。
まぁ久六島まで沖へ出る必要は無いだろう。
現代のフェリーらもテリ場の縁を南北に行き交う。
ここ辺からなら、男鹿も白神も艫作崎や大崩も視認可能。
如何だろうか?
出羽三山の主峰、霊山月山は船乗りからの信仰も厚かったという。
勿論、鳥海山や男鹿本山、白神らもだろう。
何故なら船から「見える」から。
考えてみて欲しい。
海上に出れば、陸の人達の手なぞ当てには出来ない。
海の神の怒りに触れて嵐にあった時、誰に救いを求めるか?
自分から見える神、山の神に救いを求めそこへ向かうしか助かる術は無い。
船乗りを最後まで見守るのは山の神…かなり自然に、そうなるのではないだろうか?
海から見た陸と、陸からみた陸は見え方が変わる…これは確かだと思う。
あくまでも、筆者の私感…記憶の備忘録である。